最高裁判所第二小法廷 平成10年(オ)1210号 判決 1999年3月12日
大阪市北区松ヶ枝町六番三号
上告人
篠原電機株式会社
右代表者代表取締役
篠原耕一
右訴訟代理人弁護士
平山博史
平山成信
同訴訟復代理人弁護士
桑原秀幸
右補佐人弁理士
折寄武士
大阪府守口市南寺方東通五丁目一九番一八号
被上告人
株式会社カメダデンキ
右代表者代表取締役
亀田喜一
右当事者間の大阪高等裁判所平成九年(ネ)第六九八号特許権に基づく製造販売差止等請求事件について、同裁判所が平成一〇年三月一八日に言い渡した判決に対し、上告人から上告があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人平山博史、同平山成信、同復代理人桑原秀幸、上告補佐人折寄武士の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難し、独自の見解に立って原判決を論難するか、又は原判決の結論に影響のない事項についての違法を主張するものにすぎず、採用することができない。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 福田博 裁判官 河合伸一 裁判官 北川弘治 裁判官 亀山継夫)
(平成一〇年(オ)第一二一〇号 上告人 篠原電機株式会社)
上告代理人平山博史、同平山成信、同復代理人桑原秀幸、上告補佐人折寄武士の上告理由
第一 争点一の特許権侵害について
控訴審判決は、本件発明の要旨認定に誤解があり、本件発明の技術的範囲に対する解釈を誤っており、原判決は次のとおり判例及び法令に違反するものである(民訴法附則二〇条、改正前民訴法三九四条)。
一 最高裁判所判決によれば、いわゆる無限摺動用ボールスプライン軸受事件に関し、均等論の適用要件を次のとおり明確に判示している(最判平成一〇年二月二四日、判時一六三〇号三二頁)。
『特許権侵害訴訟において、相手方が製造等をする製品又は用いる方法(以下「対象製品等」という。)が特許発明の技術的範囲に属するかどうかを判断するに当たっては、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて特許発明の技術的範囲を確定しなければならず(特許法七〇条一項参照)、特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合には、右対象製品等は、特許発明の技術的範囲に属するということはできない。
しかし、特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても、
<1> 右部分が特許発明の本質的部分ではなく、
<2> 右部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達成することができ、同一の作用効果を奏するものであって、
<3> 右のように置き換えることに、当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が、対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、
<4> 対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものではなく、かつ、
<5> 対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないとき
は、右対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である。』
また、平成六年改正の現行特許法では、特許発明の技術的範囲は、明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならないとし(同法七〇条一項)、そのうえで『前項の場合においては、願書に添付した特許請求の範囲以外の部分の記載及び図面を考慮して特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。』とし、「特許請求の範囲」の記載を解釈するに際し、明細書の「発明の詳細な説明」などを参酌することができることを明言している(同法七〇条二項)。右の特許法七〇条二項の規定は、過去の判決例で当然に是認されていたことを確認したものである。
したがって、本件発明は旧法下での特許出願に係るものであるが、本件発明の要旨認定の解釈に際しては、当然に「発明の詳細な説明」や図面、および公知技術も参酌されなければならないものである。
二 これを本件についてみると、本件発明の要旨は、本件明細書の「特許請求の範囲」に記載のとおりであって、次の構成要件に分説することができる。
A 金属板からなる環状の主枠体3と、
B 主枠体3の背面側に対向状に配される、金属板からなる環状の副枠体4と、
C 前記両枠体3・4間に介装される環状のパッキング5とからなり、
D 主枠体3の幅方向中央部には、背面側に向けてボルト6を適当間隔おきに植設し、
E 副枠体4及びパッキング5には、前記ボルト6の挿通を許すボルト通し孔7・8をそれぞれ設け、
F パッキング5の内周面には窓ガラス板11の周縁に嵌合する周溝10を形成し、
G パッキング5の外周面には窓孔2の孔縁aに添う縁部を連成してあり、
H 主枠体3および副枠体4は、その外周縁が窓孔2の孔縁aに均等に重なるよう幅寸法を設定してあり、
I 副枠体4の背面側から前記ボルト6にナット12を螺合するこにより、主枠体3と副枠体4の外周縁が、パッキング5の外周面に連成した前記縁部を介して窓孔2の孔縁aを挟持する取付け状態となり、
J 前記取付け状態において、前記ボルト6が窓孔2の孔縁aに近接ないし接触していること
K を特徴とするボックス等ののぞき窓用窓枠。
三 本件発明の構成要件D(およびこれに関連する要件E、I)の重要度について
控訴審判決は、本件発明の要部がとくに右構成要件D、すなわち主枠体3の幅方向中央部に、背面側に向けてボルト6を適当間隔おきに植設した点にあると認定した。
そのうえで被上告人のイ号物件は、主枠体3の背面側にねじ孔12aを設け、副枠体4にボルト通し孔7を設けることにより、ボルト6を副枠体4の背面側からボルト通し孔7に通して前記ねじ孔12aにねじ込む形態になっているので、本件発明の右構成要件Dを充足しておらず、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がないとして棄却した(控訴審判決第九頁)。
本件発明は、「特許請求の範囲」の記載にのみ拘泥すると、右構成要件Dに示すごとく主枠体3の背面側にボルト6を植設したことを要件としているが、その「発明の詳細な説明」には該当部位にボルト6を「植設」したことによる特有の作用効果(および目的)は、全く開示されていない。右の構成にしたのは、主枠体3の前面外側からボルト6の一部が丸見えにならないようにすることが念頭にあってのことに過ぎない。よって、本件発明の右構成要件Dおよび、これに基づく構成要件E、Iは、本件発明の本質的な要素ではなく、却って無用の限定とも称し得るものである。
本件発明のポイントは、発明の詳細な説明を参酌する限り構成要件J、すなわち「取付状態において、ボルト6が窓孔2の孔縁aに近接ないし接触していること」にあり、客観的にみてもAないしJの構成要件の有機的な関連性にある。
これを要するに、右AないしKの構成からなる本件発明において、構成要件Dのみが本件発明の本質的部分として特筆されるべきものではなく、却って技術的手段としては低レベルのものである。
したがって、イ号物件は右判決の均等適用の要件<1>を充足している。
四 目的および作用効果の同一性(置換可能性)について
本発明の目的は、のぞき窓の窓孔の孔縁に窓枠取付けのためのボルト通し孔を設けず、且つ枠体の取付けが容易であり、しかもパッキングが溶けても窓ガラスが外れるおそれのない窓枠を得るにある(本件特許公報第二欄第二五行ないし第三欄第四行)。
かかる本発明によれば、主枠体3に植設したボルト6は窓孔2内を通るものであるから、従来のごとく窓孔2の孔縁にボルト通し孔を明ける煩雑な作業を要さず、かつ該孔縁部にボルト通し孔をあけることに起因する発錆の間題もない。これを主たる作用効果として、窓枠の取付け作業性の向上と、火災時のパッキング5の焼損による窓ガラス11の脱落防止とが期待できることを副次的な作用効果としている(本件公報第四欄第二〇行ないし第三七行)。
イ号物件のボルト6も窓孔2の孔縁aに近接ないし接触するよう位置設定されている。したがって、本件発明とイ号物件とは、主たる目的および作用効果が同一である。また、主枠体3の前面外側からボルト6の一部が丸見えにならないようにする点も、イ号物件は本件発明と全く同一である。
ボルト6とナット12との関係に限ってみると、確かに、本件発明とイ号物件とでは、ボルト6とナツト12(ねじ孔12aを有する部材)との配置関係が逆になってはいる。
しかし、イ号物件の突部20には、ボルト6が螺合するねじ孔12aを育するところ、このねじ孔12aは技術思想的および機能的にみてナットに相当することはいうまでもない。
このようにボルト6とナット12とは、主枠体3と副枠体4とを締結するためにのみ存在する。また、本件発明において主枠体3にボルト6を背面側に向けて突出させたのは、ボルト6の一部が主枠体3の前面外側から見えないようにし、以て外観形態上の体裁を整える作用効果を期すにある。
しかるにイ号物件においても、副枠体4の背方からボルト6を通して主枠体3の背面のねじ孔12aに螺合するので、このボルト6の先端や頭部が主枠体3の前面外側からは見えない。
したがって、この点を限ってみても、その存在目的および作用効果は、本件発明とイ号物件とにおいて全く同一であり、イ号物件は右判決の均等適用の要件<2>を充足している。
五 侵害時における置換容易性について
ボルトとナットとは、もともと二つの部材AとBとを締結するために採用される常套手段である。この点について更に言及すると、A部材とB部材とをボルト締結する際に、ボルトが固定でナットが可動の形式(本件発明の実施例に相当する)だけに限らず、ナットが固定でボルトが可動の形式(イ号物件に相当する)も多々あることは周知の事実であり、両者のいずれを選択するかは、当業者にとってもともと置換可能および置換容易な均等技術でおる。またボルトとは外周面に雄ねじが刻設されているのに対し、ナットとは内周面に雌ねじが刻設されていれば足り、ボルトやナットというも、その形状が一義的に定まっているものではない。
しかるに、右の技術課題を達成するために、主枠体3側からボルト6を背方に突出させるか、主枠体3側にねじ孔12aを設けて副枠体4側からボルト6を前方に挿通させるかは、イ号物件の製造時に当業者である被上告人にとって容易に想到できたところであり、両者の相違には置換容易性がある。
なぜなら、上告人の製造販売に係る本件発明の実施品は、業界内においてアルミ窓枠と称されて独占販売されており、これの形態は被上告人も十二分に承知していた。もともと被上告人は、上告人の取引先から上告人の右実施品と同じものを作って欲しいとの要望に基づいてイ号物件を製造販売した経緯からも明らかである。そのうえで、上告人の製品を見ていわば種明かしされた状態でイ号物件を製造しており、この製造時点であれば、専ら本件特許権の侵害を免れる目的のもとに、ボルト締結手段を右のように置換することは、当業者にとって容易に行えるところである。
したがって、イ号物件は右判決の均等適用の要件<3>を備えている。
六 出願時の容易推考性について
まず本件発明に係る窓枠は、本件特許公報の「発明の詳細な説明」における「産業上の利用分野」の記述にみるとおり、「この発明はキュービクル等の如きボックスの正面板に形成されるガラス張りのぞき窓における窓枠の改良に関する」ものである。
平たくいえば、制御ボックス、配電盤ボックスなどの電気分野において、各種メーターなどの計器類を外部からのぞき見るための窓枠であり、通常の家屋や電車などの窓枠とは本質的に異なる特殊な用途に供するものである。
かかる特殊な窓枠において、ボルト6とナット12との関係を本件発明およびイ号物件の形態にすることは、新規性を有し、公知技術から容易に推考できるものではなかった。
なぜならば、現に同一用途に供し得る唯一の公知技術(乙第七号証)とされたものでも、そこでは表側の主枠体と裏側の副枠体とが合成ゴム製であって、ボルトの頭部が表側の主枠体の前面外側から丸見えになるものとなっているからである。更に上告人にとって、特殊用途の窓枠であることからも、出願時点でイ号物件の形態まで容易に想到するのは困難であったといわざるを得ない。
却って出願時点で上告人にイ号物件のごとき置換技術が容易に推考できたのであれば、『主枠体3の背面と副枠体4との間にボルト6による締結手段を設けた』と特許請求の範囲に記載できた筈であり、この記載内容を以てしても、その余の構成要件との有機的関連性のもとで本件発明は十二分に新規性および進歩性を有するものとして特許権を認められたものということができる。
したがって、イ号物件は右判決の均等適用の要件<4>を満足している。
七 意識的除外事項について
本件発明は、特許出願手続において乙第一号証(実公昭三六-二七〇九三号公報)および乙第二号証(実公昭四六-二二三五五号公報)を引用する拒絶理由通知書(乙第四号証)を受け、これに対して意見書(乙第六号証)が提出されている。右意見書においては、本件発明の右構成要件Jに特徴があることを主張し、この点で乙第一・第二号証との相違点を述べるに止まり、その特許出願手続過程においてイ号物件のボルト止め構造を意識的・積極的に除外する主観点および客観的な特段の事晴は一切存在しない。
したがって、イ号物件は右判決の均等適用の要件<5>をも満足するものである。
八 乙第一号証および乙第二号証の評価について
控訴審判決は、前出の乙第一号証および乙第二号証をもって、ガラスの周辺にパッキングを表裏の金属枠で挟む技術が公用されていたことを推認することが困難ではない、としている。
しかし、乙第一号証はガラス板などの版1・2どうしを接続するための考案であり、乙第二号証もガラス板の如き透明材8・8どうしを接続するための考案であり、いずれも本件発明とは技術分野および前提構成からして相違する。本件発明は主枠体3と副枠体4とで窓ガラス板11をパッキング5を介して挟持するにあり、窓ガラス板11・11どうしを接続するものではないし、両枠3・4が環状であることも、乙第一・第二号証にない本件発明の特有の構成だからである。
これを要するに、乙第一・第二号証は、出願人の主張に従って特許庁審査官も認めたとおり、本件発明の出願前公知技術としては比較の対象外のものである。
九 乙第七号証の評価について
控訴審判決は、株式会社エイデンパーツの計器読取用窓枠(乙第七号証)が本件発明の出願前に公知であるかの如く認定している。この点について上告人は、エンデンパーツ社はこの種の窓枠に関し、平成六年三月三〇日付出願の登録第三〇〇二五八三号実用新案権 (甲第一三号証)が唯一認められるところ、乙第七号証パンフレットの左上隅に「PAT・P」っまり特許出願中の表示があることからして、乙第七号証パンフレットが本件発明の出願前に頒布された事実を争っている。
仮に乙第七号証の窓枠が公知としても、そこでの表側の主枠体と裏側の副枠体とは、ともに合成ゴム製であって金属枠になっていないし、本件発明でいうところのパッキングも存在しない。これを要するに乙第七号証は、本件特許公報の第二欄第五ないし第一〇行に記載の従来例の域を出ず、乙第七号証はもともと公知資料としての価値が著しく低いものである。
一〇 イ号物件の突部20について
一審判決は主枠体3の背面に突部20を一体に設けて該突部20にねじ孔12aを設け、これに伴いパッキング5を分割した形態であるから、イ号物件は本件発明の構成要件C、E、F、G、Iも充足していないとした(一審判決六六頁六行ないし六七頁五行)。控訴審判決も形式的にはこれを是認しているようである。
しかし、突部20の存在は、本件発明の構成要件ではない。イ号物件が突部20を付加しようとも、それを以て本件発明の構成要件を充足しないとする理由にはならない。同様に、本件発明のパッキング5は、単一部材であることに限定されておらず、これを三分割するイ号物件の形態を意識的積極的に除外しておらない。
したがって、イ号物件のパッキング5が何分割されていようとも、本件発明のパッキング5と変わるところはなく、分割されていることを理由に本件発明の構成要件を充足していないとするのは、論外である。
一一 まとめ
以上みたとおり、イ号物件は右最高裁判決の均等適用の要件<1>ないし<5>を満足している。にもかかわらず、控訴審判決は公知技術の認定を誤ったが故に本件発明の要部が構成要件Dにあると認定したものであり、この控訴審判決は、「特許請求の範囲」の記載の解釈に関して法令に違反し、要旨認定について、判決に影響を及ぼすこと明かな経験則違反がある。そして既にみたとおり、イ号物件のボルト6による締結手段は本件発明の均等技術であり、特許権者が出願時にイ号物件のボルト止め構造まで予測した実施例を網羅して、特許請求の範囲を記載することはおよそ不可能であるから、イ号物件は本件発明の構成要件Dを実質的に解釈したとき充足しているものである。
この点の均等適用の判断に際し、置換容易性については侵害時を基準に行うべきところ、控訴審判決は出願時を基準に判断しており、この点でも右最高裁判決に違背するものである。
一二 結論
右の次第であるから、本件発明の技術的範囲に関する原判決の判断には、判決に影響を及ぼすこと明かな、判例、経験則及び法令違反(民訴法附則二〇条、改正前民訴法三九四条)がある。
第二 争点二の不正競争防止法の権利侵害について
控訴審判決は、一審判決の「商品等表示性がない」の認定判断部分の適否について実質的に判断しているところがなく、原判決は判決の結論に及ぼす事項についての判断の遺脱又は理由不備があり (民訴法附則二〇条、改正前民訴法三九五条六号)、また事実認定において明らかな経験則違反(同附則二〇条、改正前民訴法三九四条)がある。
一 不正競争防止法第二条第一項第一号は、同号の保護を受ける「商品等表示性」の具体例として、容器や包装などを挙げており、過去の多くの判例及び裁判例を通じて商品の形態も商品等表示性に該当することは既に是認されている。
例えば、ナイロン糸を用いた眼鏡枠に関し、その外観形態に他商品との比較において特異性があり、テレビ等を通じて宣伝した事案について、原告商品に商品等表示性を有することを認めている(東京地判昭和四八年三月九日、無体集五巻一号四二頁、判時七〇五号七六頁、判タ二九五号三六一頁、ナイロール眼鏡枠事件)。
また、新商品を一社のみが独占販売して爆発的に売れたルービックキューブに関し、その商品自体に周知性の故に商品等表示性があると認めている(大阪地判昭和六一年一〇月二一日、判時一二一七号一二一頁、判タ六二二号二四八頁)。ここでは、商品の外観形態に特異性があり、周知性を有すれば、自動的に商品等表示性も認定される、このことが注目されるべきである。つまり、周知性と商品等表示性とは表裏一体のものである。
さらに、最近の目新しい裁判例としては、ゲーム機「たまごっち」に関し、『商品の形態は、本来的には商品の出所を表示することを目的として選択されるものではないが、特定の商品形態が他の業者の同種商品と識別しうる特別顕著性を有し、かつ、右商品形態が、長期間継続的かつ独占的に使用され、又は短期間でも強力な宣伝が行われたような場合には、結果として、商品の形態が商品の出所表示の機能を有するに至り、商品表示としての形態が周知性を獲得する場合があると言うべきである。』とし、被告商品「ニュータマゴッチ」は、原告商品「たまごっち」の形態を模倣した商品であり、したがって不正競争防止法第二条第一項第一号および第三号に該当する、と認定したものがある(東京地裁、平成一〇年二月二五日、平成九年(ワ)八四一六号事件等、社団法人発明協会工業所有権研修センター知的所有権判決速報二七四号目次三頁、本文一五頁等)。
二 控訴人製品(別紙第二物件目録)は、次の要件を備えているところに外観形態上の特異性を有する。
<1> それぞれがアルマイト加工仕上げをしたアルミ押出形材を材料とする主枠体3と副枠体4とを備えていること。
<2> 主枠体3と副枠体4とは、アルミ押出形材を四角形に曲げ加工したのち、端どうしを突き合わせ溶接することにより、四角形の環状に形成してあること。
<3> 主枠体3と副枠体4の角コーナー部は、アール度が約五八ミリメートルの曲率半径になるように丸く曲げて形成してあること。
<4> 主枠体3と副枠体4との間に、透明の窓ガラス板11が介在すること。
<5> 窓ガラス11は、外部から透視可能な金網入りの強化ガラスであること。
<6> 主枠体3と副枠体4との間には、この外周に沿って窓ガラス11を挟着するパッキング5が外部に臨むよう配設されていること。
<7> 主枠体3と副枠体4とを締結するボルト6を有し、このボルト6は一部が副枠体4の裏面側に出ているが、主枠体3の前面側からは見えないようにしてあること。
三 しかるに控訴審判決では、『当裁判所も原告の請求の理由は理由がないものと判断するが、その理由は、次に付加・訂正する他は、原判決四八頁五行目から同七九頁末行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。』と判示したのみであり(五頁五行ないし七行)、上告人製品の形態は、商品表示性、周知性を取得しているかについて実質的な判断が一切なされていない。
四 すなわち上告人は、控訴審において上告人製品の外観形態上の特異性に関し、右構成<1>ないし<3>に限定要素を加えた。
右構成<1>については、アルミ押出形材が酸化皮膜をつくるアルマイト加工仕上げをしたものとした。かかるアルミ押出形材からなる主枠体3と副枠体4とによれば、防錆性を確保したうえで、アルミ地金の銀白色を乳白色化した質感が得られるものとなり(例えば、アルミサッシの外表面と切断面との相違を参照)、合成ゴム製、プラスチック製、その他の金属板製との識別性が更に顕著なものとなる。これで見た目の印象が他の材料とは根本的に異なるものとなっている。
右構成<2>では、もともと『主枠体3と副枠体4とが四角形の環状に形成されている』となっていたが、これを右のとおり控訴審において限定したものである。これにより、両枠体3・4は、「アルミ押出形材を定尺切断して曲げ加工したのち、その両端どうしを突き合わせ溶接することにより」、継目が一箇所のみで四角形の環状に形成されたものとなっている。アルミ押出形材を用いなければ、このように曲げ加工をして四角形の環状に形成することはできない。したがって、上告人製品の右構成<1>及び<2>は、限定要素の付加に伴い、外観形態上の特異性に関して、極めて重要な意義を有する。
右構成<3>では、主枠体3と副枠体4とにおける角コーナー部のアール度が「約五八ミリメートルの曲率半径」を有するものに限定し、上告人商品の外観形態上の特異性を更に強調するものとした。
五 しかるに原審判決は、上告人製品には右構成<1>ないし<3>に有意義な限定要素が新たに付加され、これらの点は一審判決でも不正競争防止法の保護範囲として当然に評価していなかった事項であるにもかかわらず、この新たな付加限定要素に関し、一審判決を引用するのみで、何等の価値評価も判断もしていない。この点で上告人製品の外観形態上の特異性を認定するについて、判断の遺脱と、事実認定について判決に影響を及ぼすこと明かな経験則違反がある。
六 コーナー部のアール度について
上告人製品の主枠体3と副枠体4の各コーナー部は、曲げ加工時にアール度が約五八ミリメートルの曲率半径になるように丸く曲げ加工してあり、これが上告人製品の外観形態上の特異性のひとつになっている(右構成<3>)。すなわち、曲げ加工をすれば、コーナー部が所定のアール度で丸くなることは技術的に必然の事項ではあるが、そのアール度を約五八ミリメートルに設定したのは、外観上の美観を考慮して上告人が選択したことであり、このアール度を如何に設定するかは、任意に選択できるところであって、技術的に必然性を有する事項ではない。
しかるに控訴審判決は、アール度が約五八ミリメートルであるとした新たな主張点を見逃し、これを上告人製品の特徴点とみなかったところに、事実認定について判決に影響を及ぼすこと明かな経験則違反がある。
イ号物件は、この各コーナー部のアール度まで五八ミリメートルとし、上告人製品と全く同一に設定している。何故にイ号物件は外径寸法それに右コーナー部のアール度までも上告人製品と全く同一にしたのか。それは上告人の社内規格により、これに適合する受電盤などの適用製品のパネルに窓孔2が切り抜き形成されるからである。つまり上告人はその商品パンフレツト(甲第六号証)に示すとおり、自社規格として窓孔2の縦横寸法および各コーナー部のアール度を決めており、これに基づいて受電盤メーカーは上告人の指示に従い、窓孔2を切開加工している。
したがって、被上告人が上告人の市場に参入するためには、既に上告人の仕様に適合するよう切開加工された右窓孔2に合致するように、イ号物件の外観形状も上告人製品と全く同一に設定しなければならない背景事情があることによる。このような被上告人の行為は、他の鳥の巣に卵を産んで育てさせる行為に等しく、商業道徳に悖るばかりでなく、上告人製品の信用に便乗する以外の何ものでもない。
七 ボルトについて
主枠体3と副枠体4とはボルト6にて締結した際に、上告人製品はボルト6の一部が副枠体4の裏面側に出ているが、主枠体3の前面側からは一切見えないようにし(右要件<7>)、もって前面側から見たときの外観形態上の体裁を良好に確保している。
しかるに、この上告人製品の特徴構成は、イ号物件にそっくりそのまま採用されている。なお、上告人製品は副枠体4の背面にボルト6の先端軸部とこれに螺合するナット12とが露出しているのに対し、イ号物件では副枠体4の背面にボルト6の頭部が露出しており、ここに両者の構成上の相違点が認められるが、外観上において注目されるのは主枠体3の前面であり、背面側における右相違点は目に付きにくい部位であって、かつ関心も薄い設計上の微差に過ぎない。
八 乙第七号証窓枠について
株式会社エイデンパーツの計器読取用窓枠(乙第七号証)が仮に本件発明の出願前に公知であったとしても、その表面ゴム枠と裏側ゴム枠とは文字とおり合成ゴム製であって、既にみたとおりアルミ押出形材からなる上告人製品とは質感その他において全く相違し、比較の対象にもならないものである。乙第七号証製品の各コーナー部はアール度が30Rすなわち曲率半径三〇ミリメートルと明示されていて、見た目には直角に等しく、上告人製品に比べて比較にならないほどに極端に小さい。更に乙第七号証製品ではボルト頭部が表面ゴム枠の前面外側から丸見えになるものである。
したがって、乙第七号証窓枠は比較の対象外であり、上告人製品の特徴構成<1>ないし<7>の要件の全てを一切備えていないものである。
九 パッキングについて
一審判決は、イ号物件のパッキングが三部材に分割されており、ここに上告人製品のパッキング5と相違があると認定しており、控訴審判決もこれを是認しているやにみえる。しかし、このパッキング5の相違点は純粋に技術的事項であって、商品表示性とは全く関係がなく、ここに一審判決およびこれを是認した控訴審判決には理由不備の違法がある。
この点について念のために説明を加えると、上告人製品およびイ号物件は、これが業者間で転々流通する際には、主枠体3と副枠体4との間にパッキング5を介して窓ガラス板11がボルト6で締結された状態下にある。かくして現場での取付けに際し、ボルト6を外して組み付けるものである。したがって、パッキング5は、上告人製品はもちろんのことイ号物件においても、両枠体3・4間において介在していることが外部から僅かに認められるに過ぎないものである。もとより、不正競争防止法上において、上告人製品とイ号物件とは、それぞれの構成部材がバラバラに分解された状態ではなく、右のとおり一体にユニット化された状態のものとして対比判断されなければならないのは、当然のことである。
すなわち、上告人製品とイ号物件とにおいては、主枠体3と副枠体4との間に、これの外周に沿ってパッキング5の一部が外部に臨むように配設されている点で共通点がある。パッキング5の存在は外観を視覚的に観察して判断すれば足りることである。パッキング5の具体的な内部構造が如何に相違していようとも、転々流通する際の製品としてはパッキング5の全体が外部から見える訳ではないから、不正競争防止法上の判断において内部構造の相違は意義を有しないものである。
一〇 商品表示性について
上告人は、昭和五六年以降、製品を全国の電気設備資材業者からの発注を受けて製造、販売しており、上告人製品は、全国の建物に設置されていて、国内におけるシェアはイ号物件を除き一〇〇パーセントであり、現在の年間販売数量は約一万個、年間販売金額は約一億円であって、長期間継続的かつ独占的に製造販売されてきたことにより、遅くとも昭和五七年から以降は、計器類ののぞき窓でアルミ窓枠といえば上告人製品を指すものとして業界内で周知であり、現在に至っている。
これを要するに、上告人製品(アルミ窓枠)は、昭和五六年当時には新商品であり、それ故に上告人一社のみが被上告人のイ号物件を除き、業界において今日まで独占販売をし続けて、限られた市場ではあるが好調な売れ行きを示し、その外観形態は特定の者が販売する商品であることを示す表示として広く認識されるに至っている。
したがって、この種の商品形態の場合は、前述の裁判例にも明らかなとおり、周知性が認定されると、そのまま商品表示性が認定されるべきものである。そして同業で同種商品であるから、出所の混同を生じることも明々白々である。
ところが、一審判決は上告人製品の周知性のいかんは問題にならないとし、かつ上告人製品は専門業者間を転々流通する商品であることを理由に上告人製品には商品表示性がないと認定し、控訴審判決がこの点の判断を全くしなかったところに判断の遺脱と理由不備とがある。
因みに、上告人製品は、全国の代理店を通じて販売されるので、末端取付業者は上告人製品を見て出所が特定されている。
なお、一審判決では、上告人製品は専門業者間を流通するので、内部構造まで検討することなく取引するものとは考え難いとして、内部構造の相違点を理由に上告人製品が商品表示性(出所表示機能)を取得していないとした。著しく論理性に欠けるものといわざるをえない。外観形態が同じだから内部構造も同じであると推測され、それ故に上告人製品がイ号物件と取り違えられて、又は同等の品質が保証されたものと勘違いされて取引されるのであり、上告人はこの点を問題にしているからである。被上告人に不正競争の意図がなければ、外観形態においてイ号物件を上告人製品のそれとは異なるものにして差別化を図り、内部構造は同一ないし独自のものにする、これがあるべき姿である。現に上告人は内部構造についても数件の特許出願をしており、その仕様を変更することは可能である。
一一 結論
右の次第であるから、不正競争防止法における商品等表示性に関する原判決の判断には、判決の結論に及ぼす事項についての判断の遺脱又は理由不備の違法(民訴法附則二〇条、改正前民訴法三九五条六号)及び判決に影響を及ぼすこと明かな経験則違反(同附則二〇条、改正前民訴法三九四条)がある。
以上